東京と大阪で開かれた日英の専門家によるシンポジウム「認知症になっても安心して暮らせる街をめざして」(認知症の人と家族の会、朝日新聞厚生文化事業団など主催)での講演と議論の内容を紹介した記事を読みました。
39歳のときに若年性アルツハイマー型(認知症)と診断された丹野智文さん(43歳)のメッセージが全文掲載されています。

文中より抜粋


39歳のときに若年性アルツハイマー型(認知症)と診断されました。

 その後、私よりも先に不安を乗り越えた、元気で明るい認知症当事者との出会いにより、10年たっても元気でいられることを知りました。元気な当事者との出会いにより、その人のように生きたいと思うようになりました。私が選んだのは、認知症を悔やむのではなく、認知症とともに生きるという道です。

 診断されてから、もう少しで4年になります。診断後は、認知症イコール終わりだと思い、不安や恐怖から、夜、泣いてばかりいました。それは泣きたくて泣いているわけではなく、ベッドに入ると自然と涙が流れてくるのです。それだけ不安と恐怖があり、押しつぶされそうになっていました。それが、元気な当事者やサポートしてくれる人たちとの出会いにより、少しずつですが不安が解消されてきたのです。


私も誤解していました。「認知症イコール終わり」だと。
前向きに人生を送ってほしいとは思いつつ「終わりを待つ」という感覚で父・しげさんを観ていたことに気づかされました。

丹野さんはその後、スコットランドのワーキンググループのジェームスさんと出会います。当事者同士の共感は国籍など関係ないのですね。
そして、話を聞いているうちにスコットランドへ行ってみたいと思います。

「スコットランドでは当事者が声を上げ、当事者団体が数多くできています。どのようにしてでき上がったのか、なぜ当事者が出てくることができたのか、スコットランドで成功したことは日本でも参考になるのではないかと思ったからです。」

この行動力とそれを実行できた周りの支えなどに驚き、感心しました。

「スコットランドにはリンクワーカー制度(専門職が診断直後から支援する制度)があります。リンクワーカーは最初、「これから、何をしたいの?」と聞くそうです。そして、それを実現するための計画を立てます。私は、診断直後、「何がしたいの?」と聞かれたことはなく、介護保険や支援の使い方を説明された記憶しかありません。」

「これから、何をしたいの?」
じっくり話してみたいです。
何年か前のことです。
まだ、しげさんが生活保護を申請する前に警察に保護をされたことがあります。
理由は万引き。
お酒と食べ物を万引きし、自殺すると話す老人を警察が保護したんですね。
10年以上も音信不通だった父との再会です。

どういう経緯だか判りませんが、帰る家もなければ仕事も辞めてしまっている様子でした。
しばらく私の家に居てもらいました。
そのときには「これからどうしたいの?」と聞きました。
当然の質問ですよね。

私「これからどうしたいの?」
しげさん「大丈夫。迷惑はかけないようにするからね。ぼく、死んだら臓器提供をしようと思ってるんだよね。」
ムード派! この期におよんで! そんなの健康保険証の裏に名前書いたら済むことやん!

私「これから買い物に行くけど、何かいる?」
しげさん「ボールペンと原稿用紙が欲しいな」
ムード派!

もっと現実的なこととか本当のところを話したかったんだけどな。
忙しかったり、面倒だったり、今は鬱っぽいのかな? と後回しにしてしまいました。
今思えば、家に居るうちにもっとじっくり話しておくべきだった。一緒に呑んだりもしてたからチャンスはあったのに…。
くそ〜、私のばか!

その後、いつの間にやら自分で生活保護の諸々の手続きを済ませ引越しして行きました。
まだ、足も悪くなかったしな。行動力があったんですね。

子供3人のシングルマザーの娘の家には居づらかったよね…
ごめんよ。
ありがとね。

何がしたいの?
聴いてみなければ。
難しいな…
すごく距離があるんですよね。奥ゆかしいというか心を開かないというか。
急にはムリか…そのうち信頼関係ができるかな。
そんなのんびり構えて良いんかな… う〜ん

↓考えさせられた素敵な丹野さんのメッセージです。

「できると信じ一緒に考えて欲しい」 丹野智文さん(43歳) 当事者メッセージ〈全文〉: 認知症とともに生きるには 日英の専門家が語るシンポから:朝日新聞デジタル

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