うまく行かないことほど気になるようにできている

介護の仕事をしていた友人がいます。
その友人が、当時のことを思い出して
「その人のことで頭がいっぱいになっちゃうんだよね」と話していたことがあります。

彼女は、当時子供が小・中学生で手間がかからないとはいえ、子育ての真っ最中でした。
そんな状況にあっても、介護の利用者さんのことで頭がいっぱいになってしまったというのです。
「何かしてあげられることがないかな?」から始まり、だんだんと「私がしてあげなくては」と。

援助職は、「共依存」に陥りやすいと聞きます。

共依存とは、アルコール依存症の臨床から発生した用語で、人間関係の嗜癖。
自己肯定のために、人から必要とされることを必要としている状態だそうです。
これだけ聞くと、誰にでもある感情だし、悪いことでもないのでは? と思ってしまいますが、度を超してしまうのが問題なようです。

職業的な特徴から、看護師や介護士、カウンセラーなどの対人援助職は「人のためになりたい」という思いから共依存的傾向を持つ者が少なくないとされているそう。
患者との心理的距離が近いこと、病む人と世話する人という弱者―強者関係となりうる環境も、共依存的特徴が発揮されやすいそうです。

病む人のお世話って、頭がいっぱいになるよね…

援助職が陥りやすい「共依存」とは? 共依存状態に陥らないためには という記事の中にはこんな風に書かれています。
『本来、「私がいなくては、この人はダメ」という状態は健全ではありません。
誰もが基本的には独立しているべきですし、独立している中で、援助職はできない部分だけに手を貸してあげることが大切です。
また、24時間365日援助できるわけではないのですから、自分以外の誰が援助してもOKという状態を作っておかなくては、被援助者にとっても不利益が多くなってしまいます。』
『共依存を避けるには、自分と相手との境界線をはっきりさせることです。
被援助者になにか問題が起きたとき、被援助者が責任を負うべき領域に踏み込みすぎないよう気をつけて、必要以上の支援をしないこと。
突き放しすぎてはいけませんが、相手の解決能力を見極めて、できることは本人に解決を委ねることが大切です。』
などなど。

これは、職業として介護をするときの話を書いたものです。
しかし、私としげさん(親子)に置き換えてみてもしっくりくる。
私としげさんの間には、普通の家族よりも長く離れていた期間があり、距離がある。
それでも、頭の中がいっぱいになる。

共依存の何が問題なのか。
・ 介護で援助者が過剰にかかわることは、被援助者の自立、疾患や機能障害からの回復を妨る。
・ 介護ホリックや虐待などの問題の引き金となる可能性がある。
・ 援助者の精神的健康に問題が生じる可能性を持つ。

困るな。

共依存とまではいかないが、頭の中がいっぱいになるってだけでも少し疲れる。
いや、頭の中がいっぱいなのを上手にスイッチできないことが疲れるのかも。
安心して他のことに集中できないというか…。
本を読んでいても、テレビを見ていても何となく頭の片隅にへばりついているような感じです。

これは、私の性格の問題だな。しげさんには少しも依存の要素は無い。

ただ私が、しげさんの生活を「なんとかしなくては」などと思ってしまうのが問題。
思い通りにいかない出来事や相手のことを「変えなきゃ」とも思ってしまうのも問題だ。
うまく行かないことほど気になるようにできている。

冷静に考えれば、人やその生活を変えられるとは思わないのだが、気がつくと「なんとかしなきゃ」と思ってしまっている。
スイッチをオフしなくては…

昨日、マラソン大会に参加しました。
長女も次女も学校があり、末っ子の子守りをお願いできなかったので母にお願いして子守りに来てもらいました。
前日の夜から母に家に泊まってもらい、私は朝から出かけます。
5時間走り、棒のような足でヒョコヒョコ帰ってきたのは4時過ぎです。
頭を空っぽにして、1日を自分だけのために使いました。

なんだかスッキリしたな。
帰ってきたら母が夕食を作っていてくれていました。
うわ〜、母さん! 心から、ありがとう。
ちなみに、この母はしげさんの元妻です。
しげさんのことが今でも大嫌いで、迷子になったことを知らせたら「関係ない」「気持ち悪い」「死んでしまえばいい」と言い放った人です。
なので、しげさんの話は一切しません。それも良かったのかな〜

介護や育児の中にいると自分だけの時間はとりにくい。
でも必要なんですね。

「これは、ひとまず置いといて」というのが、うまく作動するといいんだな。
このひとまず置いとくスキルは獲得したいぞ〜♪

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