高齢夫婦が求める「ふつうの暮らし」実現するには【患者を生きる~もう一つのストーリー】

岩崎賢一2017年6月3日
できるだけリアルな「在宅療養」の世界を伝えることで読者と一緒に考えたい――。
私(筆者)が仙台市に暮らす清水八千代さん(75)と哲郎さん(70)夫婦を取材した理由です。

「自宅で最期を迎えることを希望する人は、54・6%」という内閣府の調査がメディアや政策立案の現場で引用されることがよくあります。
しかし、高齢者のみの世帯が増加し、誰しも老いに伴い「できること」と「できない」ことが出てきます。
健康な時の希望がかなえられるとは限らないからです。

■老いて複数の病気

 八千代さんに、定期的に通院する治療を挙げてもらいました。
甲状腺がん手術後の経過観察、不整脈の治療で植え込んだペースメーカーの定期検査、ぜんそくの治療、足の浮腫、胃がんの手術後の経過観察、高血圧。
さらに、虫歯や歯周病予防で歯科や、眼科にも時々通っています。経過観察や定期検査は、1年や半年に1回の場合が多いですが、がんや不整脈は高齢者にとって珍しい病気ではありません。

 甲状腺がんの罹患(り・かん)率は、国立がん研究センターの統計によると、1年間に人口10万人あたり男性が5・6人、女性が16・0人とされています。また、5年相対生存率は男性が89・5%、女性が94・9%で、一般的にはがんの中でも「予後がいい」と言われています。しかし、このようながんでも、治療による後遺症や副作用がある場合があります。

■治療の後遺症や副作用

 八千代さんの首から肩にかけての障害の理由の一つとして、東北大学乳腺・内分泌外科の藤盛啓成准教授は、「副神経は(首の筋肉である)胸鎖乳突筋と(頚の後から肩を被っている)僧帽筋に分布し、僧帽筋の麻痺のために肩が挙がらなくなると解されています」と言います。手術の際、副神経を切ってしまった可能性を指摘します。

 治療の副作用や後遺症という問題は、他のがんでも、例えばわきの下のリンパ節切除をすると腕が挙がらなかったり、腕にリンパ浮腫が出てきたりすることがあります。また、ホルモン療法に伴いホットフラッシュが起きても周りから理解されにくいため、患者にとって悩みの種です。命にかかわる部分での病気の治療は順調でも、このように後遺症や副作用に悩まされ、生活を続けなければならない場合があります。後遺症が重ければ、八千代さんのように、障害者の認定の対象にもなります。それによって、患者や家族を取り巻く将来環境が変わってしまうことがあります。
 

■家族のかたち

 清水さん夫婦は、仙台市郊外の丘の上の住宅街にある一軒家で暮らしています。車いすでトイレに入れる設計ですが、完全にバリアフリーではありません。
掃除を楽にしようと、ロボット掃除機のルンバを買ったそうですが、リビングダイニングには、家具が多く、すぐ止まってしまうため、結局、使っていないそうです。
親戚は、北海道や関東にはいますが、夫の仕事の都合で移り住んだ仙台にはいません。しかし、長年の市民活動などを通じて多くの知人がおり、幸せに暮らしています。

 八千代さんの母親の介護を、自宅と施設を併用しながらできたのは、哲郎さんが今も働く「現役世代」にもかかわらず、八千代さんをカバーして献身的な介護をしたからです。哲郎さんは「うちは子供がいなかったから、トメさんにとって良かった」と振り返っていました。

 とはいえ、家族の介護力をカバーした施設やヘルパーなどの利用で、毎月の支払いは30万円ほどかかり、母親の遺族年金や八千代さんの障害年金だけでは賄えなかったそうです。八千代さんは「お金がないと老後は暮らせないという印象を持った」と吐露していました。

 日本では今、家族介護を求められる傾向がありますが、昔と比べて在宅医療が普及し、介護保険や保険外のサービスを色々利用できる時代でもあります。ただし、自己負担も重くのしかかります。八千代さんは「がん患者なら余命が見えていますが、高齢者の介護は全く先が見えないのでつらい部分がありました」と語っていました。医療と介護が独立しているわけではありませんが、先が見えない「在宅療養」の厳しさを言い表した言葉だと思います。

 
■自分らしく生きるために

 75歳となった八千代さんが、今すぐ施設に入るような状況ではありません。
これからの暮らし方について尋ねると、「できるだけ家に居たい。自由にいられる場所だから」という言葉が何度も返ってきました。

 ロングインタビューを繰り返す中で、清水さん夫婦のキーワードは「自由」だと感じました。
背景にあるのは、お二人の生き方を形作った20代の青春時代にありました。

 お二人が通っていたキリスト教会は、保守的な宗派でした。「形式主義的な教会のあり方に疑義を感じて議論した」といいます。同時に生き方についても仲間とともに話したそうです。八千代さんは公立幼稚園に勤務することで、子供の自主性を重んじ、子供の視点で考える教育に触れ、それを高めようと努力していたそうです。

 だから、30代で甲状腺がんが見つかった時も、老いを迎えた今も、八千代さんに共通しているのは「青春時代の考え方がベースにあります」と言います。有料老人ホームのようなところに入所することになっても、「自由でいられるところに入りたい」と考えているそうです。とはいえ、現実も理解しています。
「できるだけ家に居たい」と考えても、部屋の目立つ場所に、緊急連絡先が書かれた黄色い緊急連絡カードをぶら下げています。

■小さな目標

 要介護度や医療依存度だけでなく、所得や資産によって、医療や介護が必要になった時の生活の場が違う時代になってきました。老いていくことを想定し、「できること」と「できないこと」を見極めながら、暮らし方を選択していかなければなりません。

 八千代さんは最近、目標が出来たそうです。一冊の本を見せてくれました。評論家・随筆家の吉沢久子さんの『ふつうで素敵な暮らし方』(海竜社)。1918年生まれで一人暮らし。庭の小さな畑の菜花をさっと湯がいてご飯を食べる。時々、めいっ子が訪ねてくることに幸せを感じる。

 八千代さんはそんな生き方に自分の将来を重ねています。「96歳でも98歳でもいけるかなと思う。この人を目標にしばらく生きていけるかな」。
だから、足腰を弱らせないためにも、足の浮腫は何とかしたいと考えているわけです。

情報源: 高齢夫婦が求める「ふつうの暮らし」 実現するには【患者を生きる~もう一つのストーリー】:朝日新聞デジタル

「自宅で最期を迎えることを希望する人は、54・6%」

内閣府の「平成28年版高齢社会白書」によると、「治る見込みがない病気になった場合、どこで最期を迎えたいか」についてみると、「自宅」が54.6%で最も多く、次いで「病院などの医療施設」が27.7%となっている。

「日常生活を送る上で介護が必要になった場合に、どこで介護を受けたいか」についての質問もある。

単純に1番多い項目は、「自宅で介護してほしい」になるが、「介護老人福祉施設に入所したい」「病院などの医療機関に入院したい」「介護老人保健施設を利用したい」「民間有料老人ホーム等を利用したい」といった自宅以外という選択肢をまとめると、「自宅で介護してほしい」人の割合は、男性42.2%、女性30.2%なのに対し、自宅外が男性48.6%、女性56.4%になる。

自宅で最後を迎えたいと答えた人が、すべて「自宅で介護をしてもらって死を迎えたい」というわけではないのだろう。
私は、子供たちに介護をして欲しくない。
でも、いよいよ死ぬ時になったら自宅に戻りたいとも思う。

実際にそんなことが可能かどうかは別にして、そう思う。

病院内の調理の仕事をしていた知り合いが、「よく、話の中で『人生最後に食べたい物は○○』なんて言ったりするけれど、実際は刻んだり、ミキサーにかけたりの病院食が最後の食事になることが多いんだよね…。」と言っていたな。

そのあとに続く「延命治療に対する考え方」では、延命治療は行わず「自然にまかせてほしい」が91.1%になっている。
どこで目にしたのかは忘れてしまったが、どこかのお医者さんが「延命治療は行わないという意思がある場合は、きちんとした形で残した方が良い」と記していた。
最後の最後に、延命治療を選択するのは患者の家族である場合が多いからという理由だ。
そうだよな…。

しげさんは、どんな考えなのだろうな。

八千代さんの語る言葉に、いちいち、うなずきながら読んでしまいました。
「がん患者なら余命が見えていますが、高齢者の介護は全く先が見えないのでつらい部分がありました」
「できるだけ家に居たい。自由にいられる場所だから」
「96歳でも98歳でもいけるかなと思う。この人を目標にしばらく生きていけるかな」

きっと、しげさんもうなずくだろうな。

ちなみに、先ほど電話で話したところ、しげさんの今の目標は、
「新しい靴を買いにいくこと」です。

「昨日も一昨日も買いにいこうと思ったんだけど、なんかめんどくさくなってさ…みっともないから買いに行かなきゃね〜」
と。

Amazonでポチって送ろうかとも思ったのですが、「電車に乗って買いに行こうと思ってる」と言うのでグッと我慢!
頑張れしげさん!

いや、まてよ? もしかしてしげさん流におねだりしたのかな???

ん〜…わからん。

せっかく出かけようと思っているんだもの、気付かないふりで見守ってみよっと。
迷子になったら迎えに行くよ♪

色々と考えるきっかけになった記事でした。

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