Amazonてポチった本、先日届きました♪
『認知症になった私が伝えたいこと』
佐藤雅彦さんの本です。

帯には、
認知症になるとはどういうことか
当事者がみずからの言葉で表した「ありのまま」
と。

本を開くと、かなり大きめな文字で読みやすい。

しげさんのでも読めそうだな。

佐藤さんは、自身が認知症だと診断されてから認知症関係の集会にいくつか参加したそうです。
「東京都グループホーム連絡会」で大きな出会いがありますが、それ以前に参加した集会で感じたのは、「本人というよりは家族に向けて話している印象でなんとなく後ろ向きなイメージだった」と、言っています。

なるほど! そうかもな。
介護をする側に向けた指南は割と多く見つかりますが、本人に向けた情報というのは少ないです。
今まで意識したこともなかったな。

佐藤さんが、異変を自覚しはじめたのは45歳の時。
職場での会議の議事録が、うまく書けなくなったそうです。
会議で話されている内容は解るのに、それをまとめることができなかった。
それと同時に2つの作業を同時進行することもできなくなります。
「何かがおかしい」と受診した精神科で頭部MRIの検査を受けるが、診断は「異常なし」

1999年だったそうです。
「痴呆」という呼び名が「認知症」に改められたのが2004年です。

病院での診断は「うつ」や「慢性疲労症候群」だったとのこと。

自覚症状はだんだん悪くなり、仕事や日常生活にも支障をきたします。
2005年に別の病院に行くと今度は、脳のCTの検査をします。
そして、医師に「脳の萎縮が見られます。アルツハイマー病です」と告げられます。

翌年、2006年に3ヶ月の病気休暇を消化してから会社を退職したそうです。

佐藤さんは、もともとシステムエンジニアの仕事をしていた方です。
認知症になってからも得意なパソコンや新しく覚えたスマホ、タブレットをうまく活用します。
新しい端末も操作は覚えられたそうです。
ただし、初期設定などは弟さんに頼んだそう。
もともとSEだったことも年齢が若かったことも幸いしたのかな。
しげさんもタブレットやスマホが使えたらいいのにな。

佐藤さんは、認知症に関する様々な本などを読みます。
そして病気により記憶に障害が起きることがわかり、最初はノートに記録を取ったそう。
しかし、メモを取ろうとしても漢字が書けない。ひどいときにはメモそのものもできない。そして、ノートを無くしてしまう。
結局、パソコンに日記を残すことにたどり着いたそうです。

その時の日記の一部が、掲載されています。

2006.3.13
銀行の通帳記入にいくが、3月6日に3万円の引き出しがあるがまったく思い出せない。

2006.3.14
ラジオ英会話のテキストの英文がまったく覚えられない。

2006.3.16
13:00まで頭がしびれる。

2006.3.26
信号が赤なのにめに入らず横断しようとした。

2006.3.27
まだ、本を読む気力が残っていることがありがたい。

2006.3.30
「やさい」という漢字が書けない。

2006.3.31
パソコンで日記をつけているうちは大丈夫だが、入力する気力が無くなった時は要注意である。

2006.4.2
ジョナサンで焼き魚定食を食べる、そのとき音楽がうるさく感じる。

2006.4.7
自筆で遺言書を作成する。

2006.5.2
午後8時ごろ、すごい耳鳴りがする。

2006.5.31
夕食の弁当を買ったのに、忘れてまた夕食の材料を買いに行く。

2006.6.4
12年間付き合いのある教会員のAさん・Bさんの名前がすぐに出てこなかった。

というように続きます。

音楽がうるさく感じる、耳鳴りがするなどの症状があるんだな。
夕食の弁当を買ったことを忘れて、また買い物に行った自分のこと、ちゃんと気が付くんだな。
調子のいい時・悪い時があるんだな。

そして佐藤さんは、この日記を書いていたパソコンが突然故障し、直し方が解らないことでパニックを起こし病院に駆け込みます。
そこで医師に、「若い男性のひとり暮らしでは訪問ヘルパーの利用はできません。グループホームへの入居を視野に入れて対策を考えます。次回からは弟さんを必ず同席させてください」と言われます。

佐藤さんは、この一言に打ちのめされたそうです。
ひとり暮らしを続けたかったのです。

ちなみにこの時の医師の言葉は誤りであり、実際はヘルパーの利用もできたそう。
しかしこのときには知識も無く、混乱のため寝込んでしまったそうです。
そして、以前から信仰していた旧約聖書の言葉に救われたということです。

この医師の対応を家族の立場から捉えてみます。
情報が確かでは無かったということは致命的ではありますが、
対応として、ひとり暮らしでは心配なため次の対策を考えるてくれる。
そして、家族の同席を勧めることなどは「頼もしい」とも思えます。
とにかく私は不安でした。
先に先に予防線を張っておきたい私にとっては、こんなふうに提案をしてくれる先生を頼もしいと思うだろう。

これは介護をする側の都合なのかな…
でも、リスクはいくらでも湧いてくる…
また迷子になるかもしれない。
ご近所さんにご迷惑がかかるんじゃないか。
火の不始末というような取り返しのつかない事故が起きるのではないかと…

佐藤さんはその後、さまざまな支援団体に出会い情報を得ることができるようになります。
そして50代の佐藤さんでも介護保険が使えることを知ります。
さっそく申請をし、「要介護1」と判定されます。

この佐藤さんの姿勢、行動力は素晴らしいな。
「介護保険を使う」ことをどうしてしげさんは肯定的に捉えられないのかな。
認めるのが怖いのかな。

認知症と診断され、これからどう生きるかを思案していた佐藤さん。
あるとき教会の人から賛美歌の聖歌隊練習に誘われたそうです。
楽譜も読めなく、歌も苦手な方であった佐藤さん。
しかし「とくに断る理由も無く」言われるままに練習に参加します。
そして練習はとても楽しくなり、喜びを与えてくれるようになったそうです。

興味がないことに誘われたとき、断る理由…作っちゃうな…
断る理由がないから参加してみる。楽しむ。
すごいな。

なんだか、うなずきながら読み進めています。
当事者からみた認知症は、あたりまえですが介護する側からみたものとは少し違うようです。
何もかもが解らなくなってしまうわけでは無いんだな。

考えさせられます。
若年性認知症ということで年齢も近く、自分に置き換えたり、しげさんはどうだろうと考えながら読み進めています。
佐藤さんは「はじめに」に、こんな風に書いています。


認知症の診断を受けて9年になりますが、いまも一人暮らしを続けています。
認知症であってもいろいろな能力が残されているのです。
認知症に対する偏った情報、誤った見方は、認知症と診断された人自身にもそれを信じさせてしまいます。
この二重の偏見は、認知症と生きようとする当事者の力を奪い、生きる希望を覆い隠すものです。
私は、そのような誤解、偏見を無くして行きたいと考えています。


9年の間には様々な葛藤があったんだろうな。
続きも読み進めてみます♪

とにかく「こんなこと書いてあったよ〜」と伝えたくなるような本なんですよね…
佐藤さんに感謝だな♪

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